急勾配な坂道を小走りに駆け上がる。

 やっと、見付けた。そう考えると共に『それ』は本当に耕一なのか

という疑問も浮かぶ。意識を接触させる事が出来たわけでは無い。

ただ、『鬼』の力を感じ取れたというだけなのだ。

−あの時…

 楓は、あの晩の事を思い出す。

−あれは…本当に耕一さんだったの?

 今思い出しても悲しみは薄れる事は無く、楓は自制して涙を抑え

ねばならなかった。

 あの時、いくらやっても耕一の意識とは接触出来なかった。

 けれど…最後に、耕一が飛び去って行ってしまおうとしたその瞬

ほんの僅かにだけれど接触できたような気がした。

 空虚な心。『鬼』としての本能しかないような、寂しい心だった。

 そしてその瞬間、向こうにも楓の想いが少しは伝わった筈なのだ。

抑え切れず、涙がひとすじ流れ落ちる。

 坂を越えると、そこは大きな社の正面だった。

 石造りの鳥居の奥には幅の広いなだらかな石畳の階段が続いて

いる。社の名が何というかなど、そんな事はどうでもよかった。ここ

に耕一が居るかも知れない。ただそれだけで、他の些末な事柄に

など気が回る余裕は無かった。たとえそこに居るのが、かつての耕

一では無いのだとしても…。そう思った瞬間、楓たちを此処まで導

いてきた『鬼』の気配がふと消失した。

 突然の事に楓の心は乱れた。

…待って!

 そう声をかける千鶴の言葉も耳に入らぬかのように楓はその鳥居

をくぐる。常緑樹に囲まれた境内はさらに薄暗く、まるで外界から

遮断されたかのように静かだった。

 すぐに千鶴が追いついて来る。

楓…あなたは少しさがって

 そう言って制する千鶴の手を振り払って奥へと進みそうになるのを

楓は辛うじて抑えた。…そう、この奥に居るかもしれないのが耕一

だとは限らないという事は、楓自身が一番わかっているというのに。

 それでも、逸る気持ちを抑える事が出来なかったのだ。

…ごめんなさい

 辺りに満ちた静寂に、それでもその声は微かなものだった。

急に『鬼』の力が感じ取れなくなったの。それで…

 楓のその言葉にも千鶴が動揺した素振りを見せないのは、待って

いるのが耕一ではなく、『鬼』だと割り切っているからなのだろうか。

此処まで呼び寄せたのは罠だったのかも知れないと、楓はやっと

思い当たる事が出来た。同時に、千鶴はもちろんそれを承知の上

で此処まで来たのだろうという事も。

 自分達を待ち受けていた『鬼』。それは今も何処からか二人を眺

ているのだろうか…。