ザアアアアアア。
風が吹き抜ける。身を切るように冷たい風が。
日光は厚い雲に遮られ、あたりは薄暗い。
あれから数時間。一先ず宿で荷物をおろすと、二人はそのまま
休む間も無く、再び古びた街の通りを歩いていた 。当てがあるわ
けでも無かった。かといってただ、さ迷っている訳では無かった。
『鬼』の力は何も戦う為だけのものでは無いのだ。言葉を交わさ
ずとも意志の疎通が出来たり、或いはお互いの存在を感知する事
も出来た。
千鶴は前を歩く妹に目をやった。妹…楓は姉妹のなかでも最もそ
の力に長けていた。だから千鶴はこの旅に楓を伴って来たのだ。
けれど…千鶴は思う。それがどんなにも残酷な事かと。
昔から…そう昔から楓にだけは全て打ち明けてきた。両親と叔父
の死の真相、柏木家の呪われた力の事も。楓は全てを受け入れ、
千鶴はそんな楓にいつしか頼るようになっていた。もしかしたら楓は
もっとずっと以前から全て知っていたのかもしれない、そんな素振り
もあった。その楓が千鶴に打ち明けた事がある。…前世の事だ。
千鶴達四姉妹がその時にも姉妹だったという事、それも人では無く
エルクゥという異星の『鬼』の。
最初は突拍子も無い事だと思った。もちろん、千鶴自身はそんな
記憶は無いし、楓とて全て思い出したわけでは無いという。けれど
も千鶴はそれを受け入れる事が出来た。心のどこかでは確かに千
鶴もそれを認めていたからだ。それはエルクゥの…『鬼』の力ゆえ
だったのかも知れない。自らの意識を信号化して伝え合う事がで
きるという『鬼』の。自らの想いに嘘はつけない。
そして楓は打ち明けた。彼女らが今探している耕一の事を。楓が、
そしてその前世でも胸に抱いていたという耕一への想いを。それは
痛いほど千鶴にも伝わってきた。
だが、それは『鬼』の血を受け継ぐ耕一にとっては危険だと千鶴は
判断したのだ。耕一の内の『鬼』は目覚めてこそいなかったものの
確かに存在し、楓のその力はへたをすれば耕一の『鬼』をも呼び覚
ましかねなかったからだ。
…最も、それは杞憂にしか過ぎなかった訳だが。
今にして思えば、あの判断は本当に耕一の内の『鬼』の事だけを
気にかけてのものだったのかは自信が無かった。何故ならば、何
時の頃からかは千鶴自身も気付いていなかったが、ずっと弟のよ
うに思っていた耕一の事を…。
「…さん、千鶴姉さん」
気づくと、千鶴は楓を追い越してしまっていた。呼ばれ振り向くと、
楓のその真っ直ぐな視線と目が合う。
「な…何?」
心なしか声に震えが出てしまったような気がした。
だが、楓はそんな事に気づく余裕も無いのか、じれったそうに眉根
をひそめると少し俯き目を瞑った。
そう、自分は何を考えていたのかと、千鶴は自らを叱責する。今は
耕一を見つけ出す事こそが優先される事なのだ。…そして、その
後は…。また、考え込んでしまいそうになる。顔をあげると、またこ
ちらを見つめている楓の視線に気づく。考え込むかのように視線を
逸らして、尋ねる。
「…見つかったの?その…耕一さんが…」
微かに首を横に振る楓。
「耕一さんかどうかまでは…。抑えられ、潜められているけれど決
して弱くはない力。けれども、何か…」
「…確かに『鬼』のちからを感じるのね?」
楓の言葉を遮る形で尋ねる千鶴。楓はほんの僅かな間をおいて、
だがはっきりと頷く。